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偏差値至上主義を東大がやめるべきか

勉強しかできないバカにならない方法を茂木健一郎が東大生に教えるという挑戦的な宣伝に惹かれて視聴した.

番組内で初対面の学生に対してお前呼ばわりする事と,学生との議論の中で話のすり替えばかりをしている様に最初不快感を覚えたが,中盤から終盤はそういう意見もあるのかなと納得して視聴することが出来た.
ただ話全体の根拠が薄い気がする.

まず,東大の偏差値至上主義を批判している根拠として世界大学ランキングで35位(正確な数字は忘れたが30位台だった気がする)というだったことを上げているが,そもそもランキングの正当性が曖昧だ.(学生も指摘しているが茂木さんは答えず).言いたいことが先行してそれを裏付けるような根拠を無理やり持ってきた印象.
そもそも東大は創造性,イノベーションを起こすことが出来ない人の集まりなんだろうか.多くの研究者が多くの成果を出し論文を出していることから見てもその命題は間違っているはずだ.

では,偏差値至上主義の大学よりもそうじゃない大学の方が創造性,イノベーションを起こすことが出来る人の数は多いという命題を考えてみよう.これは正しいのかもしれない(同時に正しくないのかもれない).先の大学ランキングを信じるとすれば,東大よりもランキングが高い大学は偏差値至上主義ではない数のほうがたぶん多いだろう.でもそのやり方で世界35位にまで到達できたことについての評価してあげる必用があるだろう.

また茂木さんは,カーボンナノチューブを研究した高校生を取り上げて,彼のように高校生のうちに特異な事柄に挑戦した人間は東大には決して入れないんだ,こんな才能を持った人が報われないなんて馬鹿げてると主張している.
確かに彼のような才能を持った人間が報われる環境を用意することは必須だと思うけれども「東大」が受け入れて挙げる必要性は特にない.他の見る目のある大学が受け入れればよいだけの話だ.

僕が言いたいのは偏差値至上主義が駄目なものだとして東大が変わる必要性はどこにもないということだ.もしも偏差値至上主義が駄目なものだとすれば,偏差値至上主義をやめた大学がこれから先有能な人材を多数輩出しまた評価されていくだろう.それはそれでとても良いことだ,誰も不幸になる人はいない,むしろ救われる人が増えるだろう.